「他人の意見」ではなく「自分の意見」で生きていこう

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「他人の意見」ではなく「自分の意見」で生きていこう

自分の意見をしっかりと語る。それはとても大切な事だと思うのですが、現代は色んな情報で溢れているので、いつのまにか「自分の言っている意見」というものが、ネットやSNSで見かけた「他人が言っている意見」に影響されてしまっている人って意外に多いのではないでしょうか?

また、「自分の意見」を言っているつもりだけど、相手を批判するだけで終わっている人や、相手の発言に反応するだけで終わっている人も少なくないと思います。

社会派ブロガーのちきりんさんの「自分の意見で生きていこう」を読んで、自分の意見をどのように工夫してアウトプットしていけばいいのか、すごく参考になったので、本書で学んだこと含め、自分が実践していきたいことをブログにまとめていきたいと思います。

目次

そもそも、なぜ「自分の意見」が必要なのか?

そもそも、なぜ「自分の意見」が必要なのか?

本書では、社会には「正解のある問題」と「正解のない問題」があると書かれています。

「正解のある問題」とは、学校のテストのようなもので、ちゃんと調べればエビデンスが出てくるので、もともと正解はどこかにあって、見つけることができれば解くことができます。

一方で「正解のない問題」とは、正解・不正解だけでは測りきれない問題のことです。

例えば、「転職をした方がいいのか」といった問題や、「この人と結婚した方がいいのか」といった生きる上での重要な問題もそうですね。

社会問題で言えば、「ジェンダー問題」とか、「人種差別の問題」とかもそうですね。

このように「正解のない答え」を解くためには「自分はこう思う」という意見がなければ選択することすらできません。

「自分の意見」がないと、周りの言っていることに惑わされたり、重要な選択を推し進めていくことができないですよね。

「正解のない問題」を解くには、とにかく自分の頭で考えた「自分の意見」が必要になるのです。

自分のポジションを明確にして「自分の意見」を言おう

自分のポジションを明確にして「自分の意見」を言おう

「自分の意見を言う」とは、「自分のポジションをとること」です。

本書では、まず「自分のポジションを明確」にしてから、「自分の意見」を言いましょう。と解説されています。

一つのお題があったとします。あなたはそのお題に対して「賛成なのか?」「反対なのか?」を明確に決めることで、ようやく「意見を言う」というステージに立てるのです。

この自分が立つ「ポジション」を明確に示すことが意見を言う上で最も大切です。

YESかNOかで自分の立ち位置をしっかり獲得する必要がある。

「それは問題です」「必要ないです」言い切ることが大切。

つまり意見とは「反論できるもの」であり、「反応」とは反論できないものなのです。

「自分の意見で生きていこう」より引用

自分の意見を言う時にヘタに相手に気を使ってしまい、賛成でも反対でもない。どっちつかずの意見を言ってしまうことがあります。

でも、これだと自分のポジションがフラついてるんですよね。どっちつかずの中途半端な意見だから誰にも響かない。たとえ反対意見だったとしても、反対というポジションを明確にして、臆せずに意見を伝えることが大切だと思います。

絶対にこうだと言えるレベルまで考え抜くと意見がブレなくなる

絶対にこうだと言えるレベルまで考え抜くと意見がブレなくなる

僕自身、「自分の意見」を決めても、他人からの反論によって、自分の意見がブレてしまうことがあります。

「そう来るかぁ…確かにそれもそうだよね」みたいに、自分の主張に対して、他人の意見をぶつけられた時に、自分の軸がブレてしまうのです。

本書では、このように「自分の意見」がフラフラしてしまうのは、そもそも「自分の思考」が甘いから、軸がブレてしまうのだと解説しています。

しっかりと誰に違うと言われても、絶対にこうだと言えるレベルまで考えつくしましょう。

ここで大切になるのがとにかく自分はこれが好きと思える分野や生き方をきちんと選んでおくことです。

なぜなら人は自分が大好きなことならとことん考え付けするからです。

「自分の意見で生きていこう」より引用

人から反論されて「自分の意見」がブレるのは、最後の最後まで考え抜いていないから。

「自分にはこの考えしかない」というレベルまで思考を深められたら他人の意見に左右されることはないのでしょうね。

子育てに正解を求めない

子育てに正解を求めない

急に子育ての話になりますが、お子さんがいらっしゃる親御さんは子育てに対して正解を求めるのはやめましょう。

子育てに正解を求めると、子供だけでなく親まで苦しむことになります。本書を読んでハッとした部分を引用します。

良い子の姿に正解があると考えてしまうと、その正解通りに生きられない子は自分はダメな人間だと落ち込むし、親も子育てに失敗した自分を責めてしまいます。

親も子も自信が持てなくなり自分の存在や考えに価値を感じられなくなってしまうのです。

このように人生にも算数などと同じように正解があると誤解してしまうと、それが何らかの理由で手に入らない人にとってはとても生きづらい世の中になってしまいます。

「自分の意見で生きていこう」より引用

子育てに正解はないですよね。僕自身、息子に対して「もう小学校高学年なんだからこれくらいのことは1人で出来ないとマズイよ」と言ってしまったことがあります。

「こうあるべき」と言われた方は「今の自分はダメなんだ」と感じとりますよね。自分は、子供に対する「親の理想像」を押し付けていたなぁと反省しています。

本書で言われている通り、「いい子」の姿には正解なんてないんですよね。

偏っていなければ、それは「意見」ではない

偏っていなければ、それは「意見」ではない

「それはあまりにも偏った意見だよ!」こんな発言をする人がいます。本書ではそもそも「意見」というものは「偏っているから意見」なのだと解説されています。

よくある誤解について指摘しておきます。それは偏った意見は良くないという誤解です。

なぜ「これが誤解かって?」なぜなら全ての意見は偏っているからです。

「正解のない問題」における意見は程度の差こそあれ、全て偏っているのです

「自分の意見で生きていこう」より引用

偏見という言葉は「どちらかにかたよった考え方」という意味ですが、「意見」というものはド真ん中にはなくて、「意見」はどちらかに偏ってこそ、初めて意見となるのです。

冒頭にポジションを明確にするとありましたが、どこまで言ってもお題に対して「自分は賛成」「自分は反対」と決めることから、自分の意見は育っていくのだと思います。

社会問題に対して「自分の意見」持つことは大人としての常識

社会問題に対して「自分の意見」持つことは大人としての常識

世界各国で巻き起こっている社会問題に対して「自分の意見」を持つことも、大人としてとても大切なことだと思います。

幅広い分野について、自分の意見が言える人は、海外では色々なことについてしっかりと考えている人であり、社会の様々なことに自分の意見を持つことは、民主主義社会を構成する社会の一員としての責務だとさえ考えられています。

しっかり考えて意見を表明するからこそ、この社会の仲間であると認められるのです。

「自分の意見で生きていこう」より引用

いい年の大人になると様々な社会的問題に対しての「意見」を求められたりします。

だからこそ、日頃から視野を広く持って、多くのメディアで情報収集しながら「自分の意見」を育てておくことが重要だと思います。年齢と共に人としての深さや価値というものは「その人が持つ意見」で決まると思います。

会議は「自分の意見」をぶつけるためにある

会議は「自分の意見」をぶつけるためにある

サラリーマンあるあるですが、会議での発言に対して、悩んでいる人って多いと思います。重役が揃うような会議の中で、「自分の確固たる意見」を言うってなかなかハードルが高いんですよね。

反応しかしない社員をきちんと戒め、それぞれのメンバーが自分の意見を言えるようしっかりと考えさせるのは、人材育成や会議運営のためにもとても大切なことなのです。

「自分の意見で生きていこう」より引用

会社の会議で「意見をお願いします」って言われた時に、よくあるのは「自分の意見」を言う前に「僕はそうは思わないです」って否定的な反応をしている人がいたり、逆に質問してしまう人がいる事です。

そういうメンバーがいた時には「まずはあなたの意見を言うように」といった指摘が必要なんですよね。

議論というのは「お互いの意見をぶつけ合うこと」が目的ですからね。反応したり、質問している場合じゃないんですよね。

あと、自分の意見を言わないと、お偉いさん方の怒りを買うこともあります。

背景にあるのは、なぜあなたは自分の意見を言わないのかという怒りです。

求めているのは相手の意見であって、同意や服従ではありません。だから好きにしていいよと言われたのにフラストレーションを感じるのです。

「自分の意見で生きていこう」より引用

その昔、上司に「お前の意見はなんなんだ?!」と怒鳴られたことがあるのですが、その時は「なんで怒ってるんだろう?」って思っていたのですが、上司という立場になって分かったことは、「私はどちらでもいいです」というリアクションをされると辛いんですよね。だってそれだと「考えるのめんどくさいんで」と言ってるようなものじゃないですか。

あとプライベートで思い当たるのは、うちの奥さんにも「今日の夕飯は何がいい?」と聞かれた時に、「なんでもいい。任せるよ」と言ってるなぁと思い猛省してます。

夕飯に対しても「自分の意見」をしっかり表明しようと思います。

意見がない人は「個」として認められない

意見がない人は「個」として認められない

現代は「承認欲求」であふれています。多くの人がSNSを使って自分の得意なことを表現していることからも、誰もが自分という個人を認めて欲しいと願っています。

しかし、周囲に個人として認められたいならば「自分の意見を言う」ことから避けて通れません。

きちんと個人として認めて欲しいと思うなら、必要なのは様々なことに関して自分の意見を表明することです。

「自分の意見で生きていこう」より引用

周囲から認めてもらいたいなら、常日頃から遠慮せずに「自分の意見」をぶつけることが大切です。

グローバルな環境ではむしろ意見を言わないことの方が「話を乱す行為」と見なされるのです。

その変化に気づけず、いつまでも波風を立てたくないから「みんなと同じ意見でいいや」などと考えていると価値のない人間として取り残されてしまうでしょう。

「自分の意見で生きていこう」より引用

意見を言うことって「衝突するのが怖くなったり」「波風立ててギスギスしたくない」とった負の感情が先に来ますよね。

日本では特に「周りに迷惑をかけるな」といった同調圧力が強いので、そう感じている人が多いと思いますが、グローバルな視点でいえば、「意見を言わない」ことの方が輪を乱す行為になるそうです。

ひとりの人材としての価値を高めていきたいなら「意見を言う」は基本動作なんですよね。

「他人の意見」ではなく「自分の意見」で生きていこう

「他人の意見」ではなく「自分の意見」で生きていこう

これまでは気を張って、とにかく「自分の意見」を言わなくちゃみたいに考えることが多かったのですが、本書を読んで「意見を言う」ってもっと気楽に考えればいいことだなって、なんだか心が軽くなった気がします。

衝突や摩擦を恐れずに、そして相手を否定するでもなく、シンプルに「自分の意見としてはこう思う」と、伝えればいいだけなんですよね。

管理職をやっていると、賛成派と反対派の間に挟まれて、どちらも傷つけないような中立的なジャッジをしてしまうことがあるし、上司の方々に気を使いすぎて中途半端な意見を言ってしまったりする。

意見を言うことはワガママなことじゃないです。

あらためて「自分はどう思うのか」「自分の意見はこうなんだ」とシンプルに伝えることを実践していきたいと思います。

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この記事を書いた人

元バンドマンのロックな営業マネージャー|営業・マネジメント・広報・オウンドメディア編集長までなんでもやってます|月に7冊読破する孤高の読書家|ビールとハイボール|ギターはレスポール|元バンドマン|大田区出身|座右の銘は「雲外蒼天」

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