無事に1日を終える。本当はそれだけで幸せなんだと思う。

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無事に1日を終える。本当はそれだけで幸せなんだと思う。

今日も仕事を終えて自宅に帰ってきた。なんでもないことだけど、「無事に一日を終えられた」というだけで、とてつもない幸福感に包まれている。

ただ家に帰ってきたというだけで、「そんな大袈裟な」という人もいるかもしれないが、「無事に1日を終えた」ということに、自分市場、大きな価値を感じているのは否めない。

ここ最近、スマホを開けば「気持ちが暗くなるニュース」ばかりで溢れている。

だからこそ「1日を何事もなく終える」ということに、いつも以上の高揚感があるのは間違いないのだ。

筆者は、常にリスクを考えてしまう危機管理強めな脳ミソの作りをしているので、いつもこんなことを考えていたりする。

戸締まりは3回確認する

電車内で危ない匂いのする人を見つけたらすぐに車両を変える

横断歩道を渡る時には、必ず信号待ちをしている車に目線を合わせる

「横断歩道待ち」では、車が突っ込んでくる可能性を鑑みて、5歩後ろに下がる

夜道を一人で歩いている時は、早歩き、かつ大股歩き、かつ常に背後を5度見する

筆者が、必要以上の「危機管理委員会」を脳ミソ内に飼っているのはお分かりいただけただろう。(ただのビビりだ)

目次

1日の終わりに思うことは、自分への反省ばかり

1日の終わりに思うことは、自分への反省ばかり

今日も無事に1日が終わって家に帰る。クタクタになりながら、電車の中でボケーっと「一人反省会」をしていたりする。

なんであの時、ああしなかったんだろう。

もっとこうすればよかったよな。

思い浮かぶのは、今日できなかったこと。湧き上がってくるのは、いつだって「挑戦できなかった自分」への罪悪感だ。

もっと自分を褒めろ、という記事を書いたが、なかなか自分を褒めるというのは難しいものである。

できないところばかりに目が行ってしまうのも、人たるものの宿命なのかもしれない。

今日も無事に家路に着く。それだけで幸せだったりする。

今日も無事に家路に着く。それだけで幸せだったりする。

本当は何事もなかった1日や、無事に家に帰ってこれた。というだけで、幸せなんだろうなぁと思う。

他人から言わせれば当たり前だけど、それは実は当たり前ではないこと。誰にもいつ何が起こるかは分からない。

そんな混沌とした世の中。だからこそ何事も無いことが幸せだったりする。

無事に1日を生き抜く素晴らしさ。

誰かに勝つことよりも、誰かよりも豊かになることよりも、今を生きる自分が宝だと思う。

死ぬ時に後悔しないために考えておきたいこと

死ぬ時に後悔しないために考えておきたいこと

人は死ぬ前にこんな後悔を抱くらしい。

「勇気を出して、自分に忠実に生きればよかった」

「働きすぎなかったらよかった」

これは筆者のバイブルでもある「DIE WITH ZERO」の一説でもある。

何かにガマンばかりしている人生を過ごしていると、本当にそう思う日が来るのかもしれない。

時間は有限であり、人生は一度きり。

将来の不安の数ばかり指折り数えてないで、とにかく今この時を全力で楽しむことだ。

毎日が人生最良の日だと思い、痛快な楽観主義で今日もビールを飲みほす。

『毎日お疲れ様』と自分を褒め称えて、今日も1日を締めくくる。人生を楽しむコツはここにあるのだろう。

明日も無事に1日を終えられるように、今この瞬間を大切にしようと思う。

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この記事を書いた人

元バンドマンのロックな営業マネージャー|営業・マネジメント・広報・オウンドメディア編集長までなんでもやってます|月に7冊読破する孤高の読書家|ビールとハイボール|ギターはレスポール|元バンドマン|大田区出身|座右の銘は「雲外蒼天」

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